不倫されても自分を責めない!「被害を受けた人」を責める心理について。

こんにちは。 新潟市の<トマトの離婚サポート>トマト行政書士事務所の菊地です。

「不倫に走る理由」なんていうテーマでTV番組が作られたり週刊誌等の記事になったりしているようですね。

当事務所で「離婚協議書を作りたい」とご相談にいらっしゃる方の中には、
「配偶者が不倫して離婚することになった」
という方もおられます。
女性も、男性も。

不倫って、意外なぐらい、遠くて近い存在なのかもしれません。

不倫される側に責任は無い!「被害者」を責める心理のこと。

さて、ご夫婦の片方が不倫すると、不倫された側(つまり被害者)の周辺から

「あの人が不倫をするだなんて、あなたにも原因があったんじゃないの」

という声が出てきます。

言われたほうは、すごく傷つきます。
傷つくという言葉では言い表せないぐらい。
その人によるかもしれませんが、自分の配偶者が「不倫」するっていうのは、いろいろな意味で衝撃です。
家族だと思っていた人が、そんなことをしていたなんて。
家族じゃなかったのか、家族だと思っていたのは自分だけだったのか。
家族にとって自分は不要な存在だったのではないか。
自分が何か至らないところがあったんじゃないか。
多かれ少なかれ、そんなことを思う人が多いようです。
そんな状況で、言われたら「被害者」が傷つくことは簡単に想像できるだろうに、それでも「あなたにも原因があったんじゃないの」と言ってしまう人は、多いです。

他人事だから言ってしまうのではありません。たぶん。

少し、心理学に基づいて解説させていただくと、このような発言をする人は、
「世の中は公正だ」
と信じているのです。
「理由も無く傷つけられる人が居るだなんて、そんな不合理な世界には耐えられない」
「世の中で、罰せられるのは悪いことをした人」
…という考えが強いので、
「被害を受けたということは、何か悪いことをしていたはず!!」
と考えているのです。
世の中は公正であると信じているわけです。

こういうのを、被害者非難と言います。

セカンドレイプなんていう例でも、出てきますね。
レイプの被害者に向かって、
「レイプされるなんて、お前が挑発したんだろう」
「暗くなってから一人で歩いていたら、そういう目にあって当然だ」
という恐ろしいことを言い出す人がいますが、この人は、
「何も悪いことをしていないのにレイプなんていう酷いことをされるわけがない!」
「レイプされたっていうことは、それに見合うだけの悪いことをしていたはずだ!!」
と考えているのです。
意識しているか無意識かは分かりませんが。

某アイドルが女子高生を家に呼んだという「事件」がありましたけれども、あれでもやっぱり被害者の責任を問う発言が多数出てきました。
被害者を特定しようという炎上騒ぎも起こりました。
それだけみんな、
「悪いことをしていない人が被害に遭うわけがない!」
と強く信じていて、だからこそ「我こそは正義に成り代わり、被害者を特定し、罪を暴くぞ!」と暴走しているわけです。
恐ろしいものです。

昔話なんかを見ても、良いことをすれば、良い結果に結びつきます。
舌切り雀のおばあさんは、スズメの舌を切ったから、酷い目に遭いました。
「スズメに親切にしてあげた良いおばあさんが酷い目に遭いました、めでたしめでたし」なんていうストーリーは、あり得ません。
そういう不条理な世界を、人間は好まないのです。

話が長くなりました。

要するに…
「被害を受けた」側は、誰かから言われなくても、自分を責めがちです。
不倫をした人の多くは、不倫された人に責任をかぶせて自分を正当化しようとします。
それを真に受けて、自分を責めてしまう人もいらっしゃいます。
全然そんなことをする必要は無いのです。

被害を受けた人を責める声がたくさん出てくるかもしれませんが、そんなの全然気にしなくていいのです。
だって、世の中は公正じゃないのですから。
何も悪いことをしていなくても、突然空から何かが降ってくることがあるのです。

不倫に理由は無い

「こんな人は不倫される」
なんていう週刊誌の記事を切り抜いてきて、
「こういう記事を見るたびに落ち込みます」
というご相談を受けたこともあります。

「だから不倫される!!」

なんていう言葉は、気にしないでください。
円満で幸せな家庭を築いている人は、<不倫されないように努力しなきゃ>なんて考えません。

「家庭内がぎすぎすしていたから、不倫した。」
「さみしかった。」
というのは、ただの口実です。
人間はね、不条理なものに耐えられないのです。
理由つけたいのです。
「不倫したかったから不倫しました!」
なんて、言えないし思えないのです。

不倫されたとしても、どうぞ、自分を責めないように。

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