現実逃避

Aは、もうすぐ自分が死ぬと分かっていた。
もう80代後半。
仕方が無いといえば、仕方が無い。
仕方が無い…
そう、思い込もうとすればするほど、死という事実から目をそむけたくなる。

家族からは、直接は言われないが、「遺言」を望まれていると感じていた。
遺言書作成。
遺言書……
作ったほうがいいらしい。
そんなこと、言われなくても分かっている。
今の時代、財産が無くても作ったほうがいい。
そんなことも、分かっている。
実際、はっきりとは聞かなかったが、身近な親戚が相続で大変な目にあったらしいと聞いている。
もめたわけじゃなかったが、手続きが大変だったらしい。
遺言書さえあれば、と何度も言っていた。

でも、作れないし作りたくない。
認めたくないのだ。
それに…。
うちの家族なら、大丈夫だろう。
もめることはないだろう。
子どもたちはみんな、仲がいい。
大丈夫さ、大丈夫……。

解説「思いが届かない理由」

コラムに書くぐらいだから、どうなったかは予測がつくかもしれないけれど、敢えて書くと、A氏がお亡くなりになった後、相続の配分で喧嘩になりました。
喧嘩になった後で、なんとか、自分たちの中で話を収束させていたけれども(話にけりがついていなかったら私に声がかかるわけがないので…)、話を聞く限り、およそA氏の思いは相続人には届いていなかったように思います。

この手の話は、よくあります。
本当によくあります。

思うに…家族の誰かが亡くなると、家族内のパワーバランスが崩れてしまうのです。
その崩れ方は、予測不可能。
少なくとも、A氏(亡くなる人)から見て予測するのは非常に非常に難しいのではないでしょうか。

家族なのに、そんなわけがあるか?と思う人も、居るかもしれません。
でも、こういうふうに立場を変えて考えてみれば、納得がいくはずです。
つまり……あなたは、自分の考えていること全てを、家族に話していますか。
例えば、あなたは自分の思ったことを全部素直に、父親や母親に話しているでしょうか。
親から誤解されて悔しく思ったけれど、言い訳しなかったことは…ありませんか。
「何も言わないほうがうまくいくだろう」と考えて、あえてスルーしたことは無いでしょうか。
そういうことって、実はけっこう幼い頃から、ありますよね。
でもなぜか親になって、親の視線で見てみると、子どもは常に自分の気持ちを外部に出しているように見え、子どもがスルーしたり我慢したりしているとは思わないのです。
自分が子どもの頃のことはすっかり忘れて、親は「子どものことは全部分かっている」と思ってしまうのです。
子どもが黙っているなんて、そんなことに気がつきもしません。

そういう、心の中の滓が急に姿を現すのが、家族の死というものじゃないかと思います。
家族関係。
愛情。
そして財産。
人が亡くなったという、動かしがたい事実。
決して戻らない時間。
それから深い悲しみ、その他さまざまな感情。
こうした気持ちの問題だけでも大きな渦ができる中、法に従って手続きを進めなければならないという…それが相続です。

家族間のパワーバランスが崩れれば、A氏が予想していたとおりにはならない可能性が高くなります。
仲がよければもめないというものではありません。
仲が良かったからこそ、一度ひっかかったら後に引けなくなる、ということもよくあるのです。

今、仲が良い家族であれば、そのまま仲良く過ごしてもらうためのものが、遺言書なのではないかと考えています。

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